オンナを美学する。

「女の美学」とタイトルしたものの、【オンナ・ヲ・ミガク】に等しい。
みがく材料、ツールは巷に氾濫している。

ここでは独断と偏見で、お役立ちツールをチョイスしたい。
もちろん、人によっては全く役に立たない代物掲示もあろう。

そこは、あなたの博識と大人の女の対処で、大いに無視して戴きたい。



女と父の日。

父の日は、母の日に隠れて、ひっそりとしている。母の日ほど華美ではない。母に贈るなら、花がよい。考えるまでもなく単純にモノが決まる。だが父となると、贈るものに幾分、迷いが生じた。さて、どうしたものか。

リタイヤして優雅に暮らす父に、モノは必要なかった。モノを喜ぶ父ではなかったような気がする。母は、花があれば部屋が華やぐと喜んだ。単純で迷いもなかった。 

趣味という程のモノを持合せぬ父が、ある時から、懸命に登山に母と興じた。興じついでに日本の山々を概ね征服すると、今度は海外へと嗜好が変わり、ヨーロッパ・アルプスのマッターホルンへ参じた。無論、登頂ではなく眺めに赴いたに過ぎない。その後は、ニュジーランドの山と雪渓、氷河。年に数回、旅を含めては狂ったように出掛け始めた。客船でのライン川、オリエント急行、南仏、イタリア、他のEUの国々、万里の長城、桂林・水墨画の景色の世界。

一見、出不精かに見えた父の行動は、事前の調査資料収集好きで、嵌ると凝り性になる。最近、この血は、私が引受けたかと思うようになった。

韓国の鎮海で生誕した父は、暫くして幼少時を台北で過ごした。その後、佐世保、横須賀等々、祖父の転勤で転々と居を移す事になったらしい。昔日の少年の足跡を辿る様に、台北に赴きたいと願った父の思いは、肝癌の疑いで中断し、何時しか立ち消えとなった。

180cmの大柄の体躯は45キロ程に落ち、体力と気力が失せたように、或る日から、旅の事を口にしなくなった。父には色んな事を学び、色々な恩恵を受けた。今も受けているのだろう。果たして、父への恩返しは何時できるのだろう。

韓国の重要な軍港都市【鎮海】は、釜山から近い。桜が見事だという。日本統治の名残なのだろうか。その花の咲く頃、父と旅立ちたかった。鬼籍となった今では悔いが残る。大好きだった海軍士官の祖父もまた、統治時代には桜の植樹に関わった一人なのかも知れない。共に育った父の妹の叔母とそこへ赴ければ、叔母もまた当時を偲ばれるだろう。

父の日は特別であり、特別ではない。今は父を思いし時が、父の日なのだと思う。

 
posted by 女の美学 at 04:33 | Comment(1) | TrackBack(0) | 女の美学-追憶篇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
拝見させていただきました。
またお邪魔します。
Posted by 肝癌完治を目指して at 2008年06月21日 22:41
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。