オンナを美学する。

「女の美学」とタイトルしたものの、【オンナ・ヲ・ミガク】に等しい。
みがく材料、ツールは巷に氾濫している。

ここでは独断と偏見で、お役立ちツールをチョイスしたい。
もちろん、人によっては全く役に立たない代物掲示もあろう。

そこは、あなたの博識と大人の女の対処で、大いに無視して戴きたい。



女と恋愛。

恋愛、というと、つい昨今の韓流ドラマを想起する。これらのドラマを見ていると、恋愛とは、かくも複雑でシンドイ行為である事か、理解できる。

何とストイックで、複雑で、真剣過ぎるのだろう。不謹慎でよいというものではないが、撓みのない、気の張った一直線の恋愛模様である。視聴者である分には、その過程に目の離せない面白みがある。

まッ、ドラマだから、と言うと身も蓋もないが、私には真似できる芸当ではない。体力と集中力が必要、軟弱人には似合わない。一般人が、何時も此れほどの燃ゆる心焦がす恋愛をしているものか?憧れはするも、私には到底、MURI・muri・ムリ・むり・無理、である。

韓流は、ストイックな片思いの延長線上にドラマが成立しているのか、肉欲のない世界のストーリー仕立て。ある意味、戦後を境として化石化した日本人の恋愛ノスタルジーへの渇望とも思える。

だからこそ、韓流ドラマが、韓流として今時の日本人の心の飢えに馴染むのかも知れない。肉欲を廃した世界は、想う人の互いの心と心の純粋な緊迫関係にある。誰もが一度は経験したことがある、あのドキドキとした胸の高鳴り。心模様。見詰めているだけで幸せの昂揚を得られる、胸中の心地よい充足感。

契機はどうあれ、大抵が恋愛の初期は、こんな感じである。世の中、色んな恋愛模様があってよい。十人十色、人が存在すれば人の数だけ恋愛模様があり、数々の彩が存在する。


昨今多くなったと思われる、できちゃった婚も一つの色であるに違いないが、色彩が劣るように見えるのは私だけか・・・その色合いは、やや単調で即物的に見える。

そもそも既成婚は最終章の砦、最後の手段であった筈。既成事実の取り崩しに奔走しなければならないのは、ちとはかない。但し、シングルマザーを望む向きにはこの限りではない、とは私の自家撞着とも言える思考回路ではあるが。

今なら入会限定特典付!結婚応援サイト プレマリ
 


posted by 女の美学 at 01:17 | Comment(0) | TrackBack(0) | 女の美学-物言い篇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

女と車。

車からのタバコのポイ捨て。時には信号待ち時、灰皿ごと捨てる不届き者、否、莫迦者がいる。あれは腹が煮え繰り返る。どついてケリを入れたい、不法投棄確信犯である。世の中なめんじゃねェ!と、言いたい!!

女性の場合、ほぼ、そういうことはないだろうが、男性には多い。他者の迷惑も省みぬ恥行為。飛躍し過ぎかもしれないが、世の中些細なことからこれらの迷惑が膨らむと戦争が生まれる。それらの繰返しが世界の歴史に刻まれている。

世界の国々総てが女性のトップなら、戦争には発展しないかもしれない。少しは穏やかになろうか。
posted by 女の美学 at 23:05 | Comment(0) | TrackBack(0) | 女の美学-物言い篇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

女と気配り。

ある高級レストランに入る。付き合い始めて間もない若い彼は、それほどの高給取りではない。二人楽しくお喋りして味覚を充分堪能し、精算して店を出る。

一般的に若い男性サラリーマンなら、何時も、それほど贅沢に振舞える訳ではない。薄給である、そこは理解しかるべきだろう。トレンディドラマの如くカッコ良く、外車を乗り回す、セレブなサラリーマンはいない。凡そ、書き手の理想である。

概して男は、女の前では格好を付けたがる生き物だ。精算する際、そっと足しの札を渡しても受取らないのが大方である。支払う事で、俺の女と思いたがる部分、占有欲、無きにしも非ず。女性が、その気なら、それは、それでよい。

だが男性が支払う事を当然だと思う女性がいたら、余り感心はしない。次は私に奢らせて、くらいの一言があれば、男性はすこぶる嬉しい感情と、彼女の気配りの思いに感謝し、再び誘い、更に大事にしたいと思う事だろう。

2回に1回、3回に1回でも女性が取り持つことが出来れば、更に二人の仲の気心は、心地よい理想の状態になる。ただ、これは、そういう状況を理解できる間柄でなくては、意味を成さない。

posted by 女の美学 at 23:55 | Comment(0) | TrackBack(0) | 女の美学-物言い篇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

女とラブハンター。

 ヒステリー、毒気、コンプレックス。オールドミスに残された滓(おり)である。オールドミスに年齢の規定がある訳ではない。30台、40代でも魅力溢れる女性は沢山入る。今時は差別用語に匹敵するのかも知れない。敢えて言えば、男側の論理に過ぎないが、20代後半からの未婚の女性と言うことか。


いい車に乗って、いい家に住むために、金と能力のあるイイ男と結婚し、人生逆転するという俗物根性丸出しの意気込み。ある種、殆どの女性の心の奥底に潜んでいるかも知れない心象。恋には情熱的に走り、結婚となると打算に走る心理。種の保存の建前からすれば、条件の良い環境の中で子を育てるメスとしての本能でもある。人類の栄える条件ではあるものの、その本能丸出し過ぎは、人として時に見苦しく非難を受ける。


大学時代、美しい顔と抜群のプロポーションでクイーンと呼ばれた女がいた。クイーンだからという理由だけで、デブで冴えない男を使いパシリにしていた女。その横柄と傲慢を当然のように受け入れていたMがかった男。クィーンである女は、その冴えない男に、難関の司法試験合格という条件付で結婚を承諾した。

クィーン一途のその男が、頑張らない訳がなかった。法学部に通う純情可憐なデブ男クンとは、結婚寸前。結婚式当日、司法試験3次試験に落ちた事を告白した真面目一方の男。しかし、あろうことか、女の判断は直前に彼を捨て、式場を逃げるように両天秤にした別の男と駆落ち同様に米国へと向わせる結果となった。


それから8年。特段の変化もなく、女は条件のいい男を探すうち、ジュエリーショップのマネージャーとして働くオールドミスに。そんな女の前に、ある日、世界的ゴルファーとなったスタイリッシュな男が現れる。冴えないデブ男から、見違えるほどにストイックな体に絞られた別人の如きイケメンへ。彼は最高の条件を備えたモテモテ男になり、女の前に現れた。 


立場逆転。男は女にどんなふうに復讐するか、女にすれば逃した獲物はデカかった。かつて結婚寸前で振った男は、いまや資産家&プロゴルファー。

【彼女がラブハンター】 She's a Love Hunter は、ハイミスの心理生態を率直な視線で描いた、最近の韓流ドラマである。あなたならどうする。これ見て学習するも、にこやかに楽しむも一興なり。


   



posted by 女の美学 at 02:06 | Comment(0) | TrackBack(0) | 女の美学-物言い篇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

女と起業。

何でもそうだが、起業を興すに男女年齢の区別はない。ケーススタディのノウハウものはあっても、希望するビジネスの具体的教科書、成功指南書などはない。また、起業したから成功する保障がある訳でもない。苦しさも始まる。

運転資金、人の交わり雇用の問題、苦労の種の噴出、列挙すればキリがない。その代わり、成功した際の嬉しさは特段に倍増する。リスクもあるが、無論、上手く行けば収入も倍増する。ただ食う為だけなら、雇われた方が楽である。

言うまでもなく、マネジメントの苦労は半端ではない。夢があれば、夢を成し遂げようとすれば、枠の中から飛び出せざるを得ない。老若変わらず、である。起業種にもよろうが、相手あっての起業である事に異論はない。相手とは顧客である。顧客なくしてビジネスは存在しない。

如何にして質の高い顧客を創造するか、これにつきようと思う。質の高い顧客は、効率の良いビジネス環境を産み、新規顧客の相乗効果をも産む。軌道に乗るとはこの状態である。軌道に乗ればマネーリッチにはなるが、忙しくもなる。ただ、これだけでは余裕もなくビジネスの妙味までには至らない。次の段階、タイムリッチの状態にならねば、起業した意味はない。ここに至るには、自己能力とたがわない、クローンが必要である。

人が育たなければ、企業は育たず、タイムリッチの成功はない。相手を思いやっての育成環境がなければ、決して人は育たない。ビジネスは人が運び、金銭をも運んでくる。何時までも一人でやろうすれば歩幅もなく、寸詰まりに成り易い。梃子(てこ)の原理も働かない。叶うならパートナーや部下を作り、共有できるものがあれば、障害は少なくなる。【企業が人なり】と言われる所以である。


タグ:女と起業
posted by 女の美学 at 01:04 | Comment(0) | TrackBack(0) | 女の美学-物言い篇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

女とファザコン。

ある方が父親に対して、素敵な事を書いていた。


父とデートする時は身なりや姿に気配りし、父から美人と思われ、いい女だと見られ、先ずは父のお気に入りになりたい。初恋練習は父親だ。父親とのお酒も本当に楽しい、と。


父親と会話もなく敢えて避けて通る風潮が蔓延しがちな昨今、下着を父親と一緒に洗わない、不潔だと思いの諸氏からは、程遠い関係かも知れない。最も身近な異性である父親をシュミレーションしながら、未来の素敵な夫を描き出す女性は、一見つわものかと思わせるが、自然で賢いと思う。女性は寧ろ、ファザコン的思考が、家族に至っては波風ないプラス思考の発想原理かもしれない。


話は違うが、二十歳を過ぎた学生時代のある日ある時、友人3人と話していた事がある。一人の子が、父親とお風呂に入ると平然と言った。残りの私達は、「エッツ?」と、一瞬たじろぎ、「それは、おかしいよ」と凡庸な反応をしてしまった。

彼女にすれば、それは自然だった。今風に言えば「キモイ」話かも知れない。だが、家族間の幼少の延長だからと考慮すれば、騒ぐ程の事ではなく当然になる。

常識的な基準、ということの曖昧さ。彼女にすれば、風呂で父の背中を流す事は、尊敬する父親への恥かしさではなくコミュニケーションだった。恥かしさの基準が、私達のレベルとは異なっていただけに過ぎない。


posted by 女の美学 at 01:07 | Comment(0) | TrackBack(0) | 女の美学-物言い篇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

女と対岸の政治。

オバマ負けしそうになったヒラリー・クリントン女史。ひらりと鮮やかにオバマ支持に回った。いさぎよいのか、変わり身なのか、人に何と言われようが、負け染みた戦いでは、賢明な選択肢かも知れない。負けてからでは評価も下がる。


合衆国は、レディファーストの国とは言われるが、本音のアメリカ議会政治は、保守的で、それほど女性に開かれている訳ではない。


バラク・オバマが大統領になったら、引換えに閣僚のポストでも、という下世話なネタ事になるのか。オバマ政治になると日本との関係は如何に変化するのか。


せめて食糧危機に備えて、米国米の輸入をストップし、我が日本の無駄な休耕田体制をなくし、第一次産業としての米作りを再稼動させるべきである。能力はあるのだから、無駄な体制である。当時の契機はどうあれ、米国から米を買い、休耕田援助資金を農家に渡す日本国家の図式は、矛盾を超え愚かである。対策だらけの日本、赤字国家に拍車を掛けるのはむべなるかな、の思いである。農家は金を貰うのだから、そりゃ楽かも知れないが、農業体制は錆付く。


水田再生には時間が掛かる。一次産業を本当の産業として捉えるなら、地域法人組織としての農産業は魅力を増し、若い就業人口への減少歯止めにはなるだろう。現実にそうしている地域もあり、都市部からの自然回帰としてのIターン人口としての促進も成功している。

言わば、給料制としての農業就業人口へのリストラである。このような形への援助資金なら、プラス政策として歓迎したい。


これは農家が招いたのではない。官僚日本の政治屋体制が、そうさせた。何時も泣くのは平民である。国の主食を、その国で賄うことが不可能なら、政治なぞいらない。【主権在民】、あれは死語になったのか。

女性が農家に嫁がない理由、ここにも遠因がある。

posted by 女の美学 at 23:05 | Comment(0) | TrackBack(0) | 女の美学-物言い篇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

女と負戦。

星野ジャパン敗れたり・・・である。どうしようもない悔しさだろうが、手厳しく言えば、お粗末だった。プロの仕事をしたか・・・些かの疑問が残る。諸々の批判があるようなのでここでは控えたい。

過敏になった負け戦には、女は黙して男を支えるのみである。ただ、次回は・・・ない。
タグ:女と負戦。
posted by 女の美学 at 01:17 | Comment(0) | TrackBack(0) | 女の美学-物言い篇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

女とよい夫検定。

よい夫の検定・・・・

これは何だろう、またもや俗物に適した検定なのか。自身に適した夫であれば不要だ。これで心の揺らぐ人はいないだろうが・・・いたりもする。

彼がいる、その存在感。その存在だけで安心する。これに感謝すれば、実に誠に有難い営みを築ける。男女の仲とは、そんなものだ。過度に期待してもいけない。

都合のいい女・・・・なる言葉がある。ポジティブに考えれば、これは正しく妻のことである。人それぞれ賛否だろうが、これについてのユニークな視点があったので、後日の機会にユア寝たい、あッ間違った、正式には委ねたい。
posted by 女の美学 at 01:56 | Comment(0) | TrackBack(0) | 女の美学-物言い篇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

女と敬老。

敬老の日に祖父母に何をしたいか・・・・

与える論理なら、恐らくは、ランキングトップが応えなのであろう。逆に、祖父母の立場なら何をして欲しいか、或いは望んでいるのか。顔合わせのコミュニケーションが一義的とすれば、双方ともに、食事会なのだろう。

核家族化した現代では、尚更に、食事会が特別な所業となる。大家族であれば、当然であった事が、離れ離れの生活形態になると難儀になる。

日本経済の産み落とした【綾】である。それぞれが遠く離れたファミリーになり、形式だけが優先し、誠の血縁も希薄となる。

普段に目にしない、高級な料理を前に、その老人は一人での食事然とした、孤立の風景だった。通夜の如く静かだが、無論、周りに家族はいる。静かに流れる食事時間の中で、TVの画面だけが時折、叫声をあげる。家族の目は、画面へ向けられている。料理を食べてはいるが、それについての感想を誰一人、述べる訳でもない。主賓の思いとは無関係に時間が流れる。

食事の時間ぐらいTVとは、サラバした方がよい。大黒柱?親父?・・・の責任なのか?

ある高級料亭で目にした敬老の日の一コマだが、空々しく寒く虚しい光景だった。こんな食事会なら不要だナ、と思ったのは言うまでもない。

老齢にして物欲に走る人は、そんなにはいない。高級な料理より、楽しい食事時間を提供して過ごしたいものだ。

タグ:女と敬老。
posted by 女の美学 at 03:07 | Comment(0) | TrackBack(0) | 女の美学-物言い篇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

続・女と敬老。

誰もが、何時かは老いて死す。

普段は意識しなくとも、生命体であるその事実は歴然と顕在化する。死に対しての恐れは、普段は意識下に潜在し顔を出さない。これが、日常茶飯事、ハ〜イと笑顔で顔出したら堪らない。生への意欲を削がれて日常が楽しくなかろう。

多感な幼少の頃、夜、何気にその事を考えていたら涙が堪らなく溢れてきた。何故、そんなことを考えたのか定かではない。だが、未だに記憶に鮮明に残っている。祖父母や父母が・・・と、順を巡ると、やがては一人になる。漠たるものへの恐れ・・・多分、孤独感への恐れだったのだろう。その恐れは、輪廻転生の世界へ思考を導いたように思う。

ひとりの老人がいる・・・・あなたがいて、私がいる。そして子や孫がいる。一族の根幹をなしたあなたへの思い。世界人口の67億分の1のあなたとの不思議な因縁。子の楽しさ、孫の楽しさ、彼らが現世に作動できるのも、あなたが存在してこそ。この因縁は、強固な一族のモラルとして子孫には知らしめるべきである。

内輪になるが、父が亡くなった時、青年である彼の孫達の中の二人は、荼毘に付された骨の一部を秘めやかに口にした。可愛がられた彼らは涙しながら同化した。

藤沢周平さんの短編群を映画化した山田洋次監督の初の時代劇、真田広之主演の「たそがれ清兵衛」の中にも、真田の敵役・田中泯演ずる余吾善右衛門が、最愛の娘の骨を口にする場面がある。彼らがその場面を見たかどうかは分からない。


老人の肉体は老いるも、思考と意慾は若い時のママである事を忘れてはならない。

posted by 女の美学 at 00:45 | Comment(0) | TrackBack(0) | 女の美学-物言い篇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

女と日本の政治。

円高不況で、麻生さんが頑張っている。少し期待したい。


野党もピイチクするのが仕事でも、たまには所属政党の事だけではなく、劣悪な日本情勢を真摯に鑑みて、協力体制を強いて貰いたい。簡単に解散総選挙して、無駄金使わぬ様、足の引張り合いは、御勘弁願いたいものだ。


現況は、ガソリンが少し安くなり、助かっている。末端庶民は事細かく、日々を考慮せねば生きていけない。もっと危機感を持って政治を動かして欲しいものだ。


その影響とは無関係かも知れないが、音楽プロデューサの小室哲哉氏が詐欺疑惑で逮捕?否、任意かな?


兎に角、著作権の現場にいる者が、二股で権利売買するとは、確信犯的ではある。無知では済まされない。素人でも分かる。


今朝のニュースで見た限りだが、一日中ワイドショーでは一面垂れ流しで放送されたに違いなかろう。


ただ、この著作権の権利範囲が、エリア別(国内海外etc)、カテゴリー別(CM等媒体別tc)に細かに権利販売を細切れで行使売買できる代物なら、斯様な問題も回避できたかも知れない。


蛇足だが、アメリカの映画プロデューサ等は弁護士資格者が殆どだと言う。


1本の映画を作るのに、クリアせねばならない問題が多岐仔細に渡るからだが、契約条項の書類の厚さは半端ではない。例えば、スタッフの弁当の内容までにも及ぶ。これは音楽産業やイベントプロデューサも同様だろう。

話は変わるが、恐らく、小室哲哉氏の予定納税は半端ではない。極端な稼ぎは、税金を払う為に労働させられる宿命を持たされる。公認ヤクザ(私は国税をこう呼ぶ)もお得意様の小室氏をマークしてただろう。国家予算が増えるし・・・・。


それにしても、早稲田実業の創立百周年にちなんだ記念歌や、小室哲哉記念ホールの扱いは、この先どうなるのだろう。他事乍ら、気懸かりではある。

posted by 女の美学 at 19:29 | Comment(0) | TrackBack(0) | 女の美学-物言い篇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

女と無学の評。

お世話戴いているSさんが、至当な評をして呉れた。



もしも、パパより稼げたら、果たして、あなたの不況風を
少しでも、乗り切るお手伝いになるのでしょうか?
 
ならなきゃ、女の美学のふみさんとの約束の縁が、果たせません。
これは、役立つサイトにしたい、女の美学・ふみさんたっての希望です。
 
本来は、女の無学、ふみの無学が、コア・テーマだそうです。
でも、テーマ通りのタイトルでは直截的過ぎて余りに悲惨って事で、
男対抗ワードで成立したとか。基本コンセプトは、ふみさんの日常の
感じたままの無学の恥晒し、恥の珠玉オン・ステージ・エッセンス。
 
気になってスッキリ書かかずにゃ、いられない。沸々とした頭の中の
滓(おり)を、消しゴムで消さないで、ブログという格好の舞台の開放装置
で、不定期に拡散、気持ちは何時でも、そんな感じで拡散されています。



と、まァ・・・・チョッと、カッコ良さげで、照れた。キスマークあせあせ(飛び散る汗)

 
posted by 女の美学 at 15:10 | Comment(0) | TrackBack(0) | 女の美学-物言い篇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

女と手配師。

最近、高額アルバイト情報なぞ掲出し、些か、手配師めいてきた。胡散臭さは諒承済みである。役立ち情報を前提に精査してるつもりなので、風評にはメゲナイ。

頭で考えて、ヤル、ヤラナイを判断するが、行動してヤル、ヤラナイの判断や修正を試みた方が、賢明なケースが多い。リスクなくば、その方が人生楽しみが増える。

個人的にはリスクなし、と言っても、大概、費やした僅かな時間的拘束とロスだけである。それらは、ヤラナイ事で、後々、グダグダ悔やむより、マシな方法であり、チャンスの芽を捕らえ易い。

オレオレ詐欺や金融詐欺の時世、大抵の女性は思考バリア度が強いのだが、社会への知識理解度や経験からの正確な判断は、その過剰なバリア度を緩くする。

アンテナにピンとくるものには反応し易くなる。金銭の匂いに敏感になる。社会生活を営み、現実的な生活をする上で、経済的反応は悪い事ではなく、日常の至極当然の生活の一部であり、決して恥部ではない。

この事象に罪悪感を抱くと、己に集中すべき必要なものが集中しなくなる。世の事象には流れがある。目前にある出来事が、偶然と見るか必然と見るか、アンテナが不調だと、その差は結果に大きく左右する。

posted by 女の美学 at 04:58 | Comment(0) | TrackBack(0) | 女の美学-物言い篇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

女と家族の分断。


家族が離れ離れになるとは、どういうことか。
それも強制的に、離されるとは、どういうことか。

17年前に不法入国したフィリピンのカルデロンさん一家・・・・・・日本で生れ育った娘の中学1年のり子さん(13)だけが日本に取り残されることになった。日本での17年の歳月の歴史は、家族にとっては大きい。

既成事実としての日本人家族に対して、日本という国が下した判断は、17年前の過去の偽装旅券入国による東京入国管理局からの紋切り型の国外退去命令である。

偽装とはいえ、日本に対し、税金も払っていただろう。問題はそこではない。日本という国に対し、偽装してまで入国し、希望を持って生活を営んでいた普通の家族の生活が、法の下で強制的に一瞬で破壊されることである。

一昔過去の贖いを、17年目にして明るみにして国外退去に及ぶべき始末なのか。法の複雑怪奇な所は分からないが、法とは人の社会生活を補うために出来たものである。法が人の生活を踏み躙り縛るべき属性のものではない。細目事項を上下縦横解釈して、犯罪を作り出すものでもない。

ケースの現況に対応すべきが、人間主体の法の筋だろう。カルデロンさん一家が日本人となることで、どこぞの誰かが、多大な迷惑事を蒙ることになるのだろうか。帰化同様の一家にとり受難である。時折、セコイ日本国に対して恥かしくなる。

我が国の法務大臣は誰だ?俗世と遊離した決定事項を蒸し返してエナジーを割くより、こういうところに気を利かして欲しいものだ。
posted by 女の美学 at 03:12 | Comment(0) | TrackBack(1) | 女の美学-物言い篇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

女と危険なSEX。


若いからと見過ごされる事は多い。危険との隣合せにエクスタシーでも高まるのか。

だが、他人へ危険な状況を導くかもしれない迷惑行為ではお粗末で、カッコ悪い。

それに気付かぬ想像力の欠如は、表裏の刹那の快楽を不幸にする。


posted by 女の美学 at 01:25 | Comment(0) | TrackBack(0) | 女の美学-物言い篇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

女とミニスカート。


ミニスカの嫌いな殿方が、この世に存在するとは知らなかった。

堪らないそしりである。何でも、極端な方向へ向かうのは恐怖である。宗教でも考え方の問題である。ミニで撃ち殺されるなら、日本人女性は何人生きられようか。ディスコなぞ、有り得ない場所である。

あなたの父は、大丈夫だろうか・・・他者の価値を認められなければ、民主主義は成り立たない。好きなこと書いて呆けている私の存在も有り得ない。幾分、まだ日本は平和なのだろう、感謝・・・。






posted by 女の美学 at 01:41 | Comment(2) | TrackBack(1) | 女の美学-物言い篇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

女と草gの裸。

どうしたのよ、クサナギくん?

裸になることは悪くはない。誰でも裸にはなる。

お風呂に入るとき、まさか衣服を付けてたりはしない。たまには、そんな趣味人も居るかもしれないが、99,999%は、裸になる。寝る時も裸が心地良いとして、若い時分は裸で寝ていた。そんな人もいる。勿論、TPOを心掛ければ問題はない。公衆に迷惑がられなければ問題はない。

まさかの草g 剛クンだけど、せめて、パンツさえ穿いていれば、ここまでの大きな問題には発展しなかったかも知れない。売れっ子だから、ストレスは多いでしょう。

でも、お酒に飲まれてはいけません。身を滅ぼします。順風満帆には行かない、これが人生です。大波小波はつきものなんで、ここでめげ過ぎないように反省してください。30過ぎの人間には、この事態は、どの角度からあなたを擁護しても、恥なのですから。


ある意味、後半の人生を考える上で、先走ることなく、少しのアクセントになったかも知れません。公園の芝生で開放的になるのは気持ちよいでしょうが、これからは、家で飲んで、脱ぐべし。

posted by 女の美学 at 07:07 | Comment(0) | TrackBack(0) | 女の美学-物言い篇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

女と犯罪者。

犯罪は作られる。

本編「(04/24)女と草gの裸。」で論じたが、少しスッキリしなかった。草gクンの行為は、あったのかも知れないが、通常の酔払いの措置であれば、こんなにも大袈裟になるものでもない。

最低の人間とのコメントを出した鳩山さんだが、相も変わらず一言多い。彼の暴走気味の大臣按配は、わきまえない最低の人に見える。上から目線で、人を評すほどのタマではない。


武器さえ持たない芝生に座して裸の男が公園で叫んでいる。退去させようとしてか、掴もうとした警察官に対して自己防衛と本能で、彼は少し暴れただけである。警邏中の警官は何かと鍛えているもので通常人の肉体より屈強である。彼らからすれば、通常の酔払いに過ぎない。

酔払いの無防備の男に対してなら、余裕で諭して、犯罪予防するのが警官の勤めであろう。犯罪は予防してこそ警官としての責務であろう筈。彼らの成績に影響するのかと、つい下世話に及んでしまう。


麻薬⇒六本木⇒芸能人⇒真夜中の奇妙な不審者の図式が、警察官の意識を動かしたか?これが女であったら・・・とか、芸能人であったから・・・とか、対応する側が特別の見方をしたから、このようになったのかもね、と言うしかない。

posted by 女の美学 at 07:11 | Comment(0) | TrackBack(0) | 女の美学-物言い篇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

女と草食系。



世の中、何が起こるか分からない。

あなたの、身近にもあることかも知れない。結構、弱肉強食のシュールな内容なんだけど・・・・・・・ショックと哀れで、寂しい。大概の懸命な♂犬君に、同情したい。

デリカシーを感じない女が、これ以上殖え続けたら、この先、草食系は生き辛いだろうな・・・・・・・・・

posted by 女の美学 at 23:18 | Comment(0) | TrackBack(0) | 女の美学-物言い篇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。